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平成24・2012年6月16日 朝日新聞社
明治座「黒蜥蜴」 乱歩ワールド満開の大衆劇
西本ゆか
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2012年6月16日10時44分
スマートな夜景にきらめく東京タワーもいいけれど、大阪・新世界に姿だけエッフェル塔を模して佇立(ちょりつ)する昭和初期の通天閣は、世相激変にもまれる庶民の猥雑(わいざつ)な退廃によく似合う。
欲しいものは必ず手に入れる美貌(びぼう)の女盗賊と名探偵・明智小五郎の対決を、戦後の東京を主舞台に描いた三島由紀夫版から半世紀。斎藤雅文の脚本を文学座の西川信広が演出する新たな「黒蜥蜴(とかげ)」は、時代や場所を江戸川乱歩の原作に戻し、道化や怪人二十面相らも動員し、カーニバルめいた乱歩ワールドの狂騒を呼び起こす。
外枠の額縁を互い違いにかしげて重ね、ドアも壁も傾けた舞台(美術・石井みつる)は、今から起こるすべては価値観も正義もゆがんだ世界の出来事と、暗黙に示して雄弁。有閑マダムの姿で登場する黒蜥蜴・浅野ゆう子も、深く深く抜いた和服の衣紋にのぞく、うなじからきゅっとくぼんだ白い背筋の官能を心得、加藤雅也のやや青い明智を手玉に取って問答無用だ。
だが過去も背景も描かれぬ黒蜥蜴だからこそ、殺人も辞さぬ動機として強烈な純粋さをもった美への憧憬(しょうけい)と崇拝は、原作にない不幸な生い立ちが語られる中盤、センチメンタルな女の涙に変換される。美学を貫く類いまれな盗賊は、過去に縛られつつも懸命に生きるわかりやすい女となり、人間的な動機を得たことで謎めく魅力は色あせる。
本質的に変じた作品世界の違和感を浅野は終幕、力業で押し戻す。闇と宝石が似合う女が秘める、陽光と花に包まれた少女期へのノスタルジーを表情にたたえ、真に欲したものをついに見つけた幸福な女の物語として完結させる。紅涙を絞る大団円に小賢(こざか)しい理屈は無用、大衆作家・乱歩原作の大衆劇として、悪くない。(西本ゆか)
24日まで。
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