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Posted by 中 相作 - 2017.05.16,Tue
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毎日新聞
 平成29・2017年5月13日 毎日新聞社

宮瀬規矩|乱歩、牧水の手紙多数 幅広い人脈裏付け 鳥羽・津の国跡 /三重
 林一茂
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宮瀬規矩

乱歩、牧水の手紙多数 幅広い人脈裏付け 鳥羽・津の国跡 /三重

毎日新聞2017年5月13日 地方版



江戸川乱歩らから宮瀬規矩に宛てた手紙類

 鳥羽市旧市街地の遊郭施設「津の国」跡から、探偵小説の先駆者の江戸川乱歩(1894~1965年)や歌人の若山牧水(1885~1928年)らの手紙類が多数見つかった。宛先は家の主で新聞記者などの傍ら文化活動に取り組んだ宮瀬規矩(きく)(1896~1971年)。発見した市教委は、幅広い文化人と交友関係にあったとされる宮瀬の人脈を改めて裏付ける資料として注目している。

 津の国は木造2階建て。江戸時代から風待ち港として栄えた鳥羽を代表する遊郭施設で、昭和30年代初めまで営業していた。鳥羽商工会議所が修復をしたが、傷みが激しく今月3日に解体された。

 手紙類は、宮瀬の寝室の本棚の引き出しに入っていた。鳥羽の造船所に一時期勤め、地元の女教師と結婚した乱歩からの封書が9通、はがきが17通あった。歌人の若山牧水からのはがき1通、詩人の河井酔茗(すいめい)(1874~1965年)からの封書1通、はがき21通もあった。洋画家の藤島武二(1867~1943年)からのはがき9通、ハリウッドで活躍した俳優の上山草人(1884~1954年)が米国から出した絵はがき1通もあった。

 乱歩が1947年に出した手紙は、本名の平井太郎名で「突然お邪魔をいたし、思わぬ海女の写真を得、大変愉快でした」と感謝しており、「そのうち海女諸嬢嬢へお送りしたいと思います」と写真を送ると記している。鳥羽から大阪の博覧会を見て夜行で帰京したという。宮瀬の長女の就職に関する封書もあった。

 はがきは年賀状が大半で、当初は平井太郎(江戸川乱歩)としていたが、52年からは江戸川乱歩とした。57年の賀状は「家族は母、妻、息子夫妻、孫二人です。一同つつがなく暮らしております」と近況を知らせている。転居を繰り返した乱歩から転居の知らせが2通あった。

 市文化財専門員の野村史隆さん(69)は「宮瀬の文化人脈に驚かされるばかりだ。解読を進め重層的な交友関係を明らかにしたい。いずれは特別展を開き公開したい」と話している。【林一茂】

〔三重版〕
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