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Posted by 中 相作 - 2013.12.02,Mon
ウェブニュース

朝日新聞デジタル
 平成25・2013年11月28日 朝日新聞社

巻之百五十六 口を大きく開けまして
 諏訪哲史
 Home > 地域 > 愛知 > 記事

2013年11月28日

コラム【スワ氏文集】

巻之百五十六 口を大きく開けまして


 夜の終電の中で、うつむくのでなく、まるで眉間(みけん)を撃ち抜かれた死体のように後頭部を窓ガラスにもたせかけ、大きな口を人目も憚(はばか)らずに開けて寝ているうら若き乙女。こういう女性たちをここ数年、忘年会の季節には実によく見かける。

 僕もしたことがあるので解(わか)るが、この寝方が最も首や肩の力を抜いて寝られ、楽なのだ。鼻づまりの人などは喉(のど)で呼吸がしやすく、より安眠しやすいだろう。

 唯一のリスクは、車内の明るい蛍光灯の下、他の乗客にその超弩級(ちょうどきゅう)の間抜け顔をこれでもかというくらいじっくり見られることだ。僕なんかもそういう娘を見ると「あーあー」と心の中で憐(あわ)れげな声を出してしまう。日本語に「あられもない」という言葉があるが、彼女の顔はまさにそれだ。でも寝顔ぐらいでさすがに揺すって起こすわけにもいかないところは、ズボンのチャックを開けている人に「あのそれ、見えてますよ」と言えないのと同じだ。

 目の前の吊革(つりかわ)につかまりながら、暇を持て余した僕は彼女の奥歯や喉チンコの向こうまで、何分も何分も、熱心につくづく観察する。まるで口腔(こうくう)外科医にでもなった気分だ。咽喉(いんこう)の奥という、仮にも若い女体の内部の、桃色にひくつく粘膜を凝視するという行為は、僕をひどくみだらな、犯罪者じみた気持ちにさせる。もし女性読者が今度そういう娘を電車内で見つけたら、そっと耳打ちしてあげるといい。「あなた、口の中、スワ氏に見られてますよ!」

 江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』の主人公は、天井板の節穴の真下で寝ている男の、大きく開けられた口の中に毒液を垂らし彼を殺害するが、それは余りに無防備に口を開けて寝ている人の姿を見て、ふと起こった衝動だった。殺害までせずとも、普段は隠されている他人の口内が、どうぞとばかり眼下に晒(さら)されれば、人は何か悪戯(いたずら)したくなる。

 動物園のカバが口を開けた時、ほんとはダメだが、子供なら何かそこに放り込んでみたくなる。終電の乙女たちの口にも飴玉(あめだま)か何かを放り込んでみたくなる。

 最近は顔中を蓋(おお)うマスクが流行(はや)っていて、彼女らは以前よりも寝やすくなったらしい。呼吸の度にぷかーぷかーとマスクが膨れたり凹(へこ)んだりしている。その不織布の表面に糸電話の糸をつけてピンと張って、こっちの紙コップから「あーもしもし? そちら喉チンコ?」って話したら彼女驚くだろうなあ。(諏訪哲史・作家)
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