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Nabari Ningaikyo Blog
Posted by - 2024.04.26,Fri
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Posted by 中 相作 - 2013.10.19,Sat

 『探偵小説四十年』を相対化する乱歩作品といえば、なんといっても昭和11年から翌年にかけて執筆されながら中絶に終わった「彼」であろう、ということに最近になって気がつきました。


 「彼」と並べてながめてみた場合、『探偵小説四十年』に秘められた戦略性というか、たくらみというか、そういったものがまことに鮮やかに際立ってくるように思われます。

 両者の違いをひとことでいってしまえば、「彼」は平井太郎という個人の自伝であり、『探偵小説四十年』は江戸川乱歩という探偵作家の、あるいは探偵小説の第一人者の自伝である、ということになるでしょう。

 「彼」は乱歩が試みた自己分析の生真面目な報告ですが、昭和11年にどうして乱歩が自伝というかたちで自己に向き合おうとしたのか、というと、年齢的に四十歳を過ぎて、いわゆるミッドライフ、通俗心理学でいうところの中年期の危機に直面していたから、ということになるのではないかと思われます。

 昭和11年は二・二六事件の年であり、乱歩は自由主義、個人主義が没落し、唯美主義なんてものは消えてなくなるだろうと予感していましたし、個人的にも「意気あがらず」、精神的に不安定な年でした。

 ぼんやりした不安をおぼえて乱歩が自己分析にのめり込んでいったとしても、それは無理からぬところではなかったか。

 「彼」は「人は生涯のある時期に一度は、その祖先に興味を持つものである」という印象的な文章ではじまりますが、乱歩が祖先に興味をもったということは、要するに自分に興味をもったということでしょう。

 自己を分析するために、つまりは自分がだれであるかを知るために、乱歩は家系図をたどることを試み、それから遺伝についても考えました。

 乱歩は「性格解剖」と呼んでいますが、自分はこういう性格で、父母や祖父母からはこういった性格を受け継いでいて、みたいなことをくわしく解剖し、そのあと幼年期の記憶をつぶさにたどってゆくものの、結局は自己分析の息苦しさに耐えられず、それを公表することの恥ずかしさも手伝って、「彼」は中絶されるに至ってしまいました。

 それから十二年ほどが経過して、乱歩はふたたび自伝の筆をとることになりますが、連載をはじめるにあたって、まるで「彼」の轍だけは二度と踏まねーぞと固く決意していたかのごとく、分析や解剖にはまるで見向きもせず、探偵小説の第一人者としての人生を自伝に再構成するための筆を進めました。

 といった感じで「彼」と対比することによって、『探偵小説四十年』という自伝に隠されていた意味がより鮮明になるのではないかと思われるのですが、私家版無料電子書籍『涙香、「新青年」、乱歩』を書いたときにはまったく気がつきもしなかったのを遺憾といたします。

 それから、「彼」についてごく最近、ふと思いついたことがあったのでここに記しておきたいと思いますが、乱歩の精神状態が自伝という名の分析や解剖を必要としていたらしい昭和11年、「彼」を執筆する直接的な火種になったのは木々高太郎の『人生の阿呆』ではなかったでしょうか。

 創元推理文庫の日本探偵小説全集『木々高太郎集』収載の年譜によれば、『人生の阿呆』は昭和11年の7月に版画荘から刊行されています。

 この本には序文としてはやや長めの「自序」が収められていて、創元推理文庫版『人生の阿呆』でも読むことができますが、というか、私はその文庫版しか読んでないのですが、というか、1988年に刊行されたのをすぐ購入しときながら今年の夏まで読まないまま放ってあったわけなんですが、読んでみるとこの「自序」、三人称の自伝と読めなくもありません。

 最初のほうから引いてみますと──

 彼は、日本の下層階級の、普通の家に生れた。そして、彼の場合には、実際は曾祖母なのであったが、一切の条件が、ほかの家での祖母に相当したから、彼も亦、祖母と考えていた、その祖母に、甘やかされて育った、平凡な、田舎生れの子であった。
 祖母に育てられた長男は、やくざである、意気地なしである、とは一般に言われていることであるし、全くその通りであった。彼も亦、やくざにせられ、蔭では、馬鹿だの意気地なしだのと言われて、大きくなった。少年時代は、両親、親族一同が、彼の文学への僅かな芽生えを、憎悪し、嫌忌し、悉く摘み去ろうとした。而も、それは可なり苛酷に。

 乱歩がこの「自序」を読み、そこに自分の似姿を発見して、みずからも三人称による自伝を書こうと決意して「ぷろふいる」の昭和11年12月号で連載を開始した、ということだったとしても不思議ではないと思うんですけど、さていったい、どんなもんですか。

 つづいて、やはり私家版無料電子書籍『涙香、「新青年」、乱歩』を書いたときには頭の片隅にもなかった『奇譚』の件。

 やだ。

 なんか、とまんなくなっちゃった。

 本日は六ページ目から。

(6)

興味ノ中心トナル。菊池幽芳訳ニナル秘中ノ秘ト何所カ似通ツタ所ガアル。序ダカラコノ秘中ノ秘ニ付テ一言シヤウ。コレハ小学時代大阪毎日ニ連載サレタモノデ、ソノ頃母カラ話シテ貰ツテ大変興味ヲ感ジ、更ラニ学校ノ談話会デ自カラ話シタモノデアル。最モ早ク僕ノ Curiosity ヲソソツタモノヽ一ツハ確カニ是デアル。海上ニ函ノ様ナモノガ漂フ不審シサ、船室ノ狂人、狂人ニ秘密ヲ語ラセントスル苦心、宝ノ所在ノ暗号文書、探索ノ競争、悪人ノ妨害。凡テガ探偵小説ノ奇怪性ヲ具ヘテ居ル。僕ノ幼イ好奇心ハ是ニヨツテ如何ニ教育セラレタデアラウ。其他春浪ノコノ種ノ作品ニハ、怪星奇星、人外魔境、水底怪火、海上ノ秘密、怪風一陣、怪人ノ奇譚、魔島ノ奇跡、ヘーグ奇快塔、奇人ノ旅行、千年後ノ世界、等ガアル、皆夫々ニ面白イ。
  = 立身膝栗毛 唯一ノ純人情小説。飜訳デアル。少年ノ憧レ易イ恋心トソノ病的ナ発作ヲ主題トシタ。少年ノ僕ノ Romantic ナ性格ガ是ニ共鳴スル所ガ多カツタ。二度読ンダ程 attractive ニ感ジタ。

 「不審」にはごくごく小さな字でルビが添えられているのですが、たぶん「イブカ」だと思います。

 「ヘーグ奇快塔」は、正しくは「ヘーグ奇怪塔」。

(7)

ホシナ大探偵 唯一ツノ純探偵小説。序文ニ Holmes ノ訳ダトアルガ、僕ノ読ンダ Doyle ノ作中未ダコレヲ見出サヌ。殺人犯ヲ隠ス為ニ二重底ノ棺桶ヲ作ルノガソノ最モ面白イ所デアル。書物ニハナツテ居ラヌ様ダガ春浪ハ嘗ツテ Doyle ノ The Adventure of a Scandal in Bohemia ヲ何トカ云フ題デ訳シテ武侠世界ニ出シテ居ツタ事モアル。
 総評 = 貧弱ナル日本ノ伝奇小説界ニ於テ兎モ角モ春浪ハ第一人者デアル。彼ハ明治ノ馬琴デアルト共ニ、日本ノ Stevenson デアリ Verne デアリ Haggard デアツタ。只恨ムベキハ彼ノ想ノ秀デタルニ比シテ彼ノ文ノ貧弱デアツタ事ダ。彼ニ紅葉露伴ノ筆ヲ貸シタナラバ必ズ東洋ノ伝奇小説家トシテ世界ノ文豪ニ比肩シ得タデアラウモノオ。惜シムラクバ文ニ劣リ部分々々ノ行文ニ浅薄デアツタノデ。コノ書中ノ curious novel 中最モ低キ部分ニ位セシメネバナラナカツタ。
彼ノ小説ノ奇ハ又上層ノ奇タルヲ免レヌ。精神的ニハ武侠的タル外ニ何等ノ加フベキモノガナイ。彼ノ小説ニハ常ニ勇気アル快男児ガ出ル、所謂花ノ如キ令嬢ガ出ル美人ガ出ル。ソシテ

 「モノオ」は「モノヲ」と記すべきでしょう。

(8)

貪慾 Jew ノ如キ男ガ出ル。コヽニ多少、千篇一律ノ嫌ガナイデモナイ。
然シ彼ノ influence ノ偉大ナルハ、僕ト同時代ノ少年ニシテ彼ヲ一時ナリトモ崇拝シナカツタモノハナイ。僕等ハ小波ノオ伽話カラ春浪ノ冒険小説ニ移リ然ル後銘々ノ方向ニ進ンダ。
彼ハ晩年甚ダ振ハナカツタ。早稲田大学ヲ出テ海底軍艦ヲ書キ武侠ノ日本ヲ書イタ頃ノ元気ハナク創作モ亦見ルベキモノガナイ。之一ニ飲酒ノ罪デアル。彼ハ酒ノ為ニ進ムベカリシ頭脳ヲ害シ、酒ノ為ニ逝タ。惜シムベキ事デアル。
彼ヨリ今少シク稚気ヲ奪ヒ与フルニ精神的神秘ヲ以テシタナラバ、サゾ立派ナ作ガ出来タデアラウト適当ナ後継者ノナイ丈ケ更ニ惜シイ気ガスル。
春浪ノ持テ囃サルヽヲ見テ輩出シタル彼ノ亜流ハ誠ニ少クナイ羽化遷史ナド云フ名ガ残ツテ居ル近頃ノ少年雑誌ノ記者ハ凡テ冒険小説ヲ書ク。日本少年ノ素水芳水ナドガアル。又武士道文庫ト云フモノガ大阪カラ出サレテソノ内ニモ春浪流ノモノガ少クナイ。芳水思水等ニ執筆セラルヽ痛快小説文庫ナルモノモアル。ガ凡テコレラハ齢スルニ足ラヌモノダ。只方面ハ違フガ故河岡潮風ハヨキ後継者タル

 もう一ページだけ。

(9)

素質ヲ有シテ居ツタ。惜ム可シ五々ノ春ヲ著シテ間モナク若クシテ逝タ。

 これで第一章「押川春浪」はおしまいです。
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